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墓場から始まる、受験物語

最近勉強量が増えて更新ペース乱れると思います。

志望分野の変遷~今に至る 前半

勉強

僕はかなり志望大学、学部が大きく変わった人間です。

 

何回も、というより、変わり方が大きいという感じです。

 

高校に入学した当初は、「国公立大学」がなんなのか知らず、「関関同立」は一つの大学の名前だと思っていました。

周りのみんなは僕よりも勉強や受験に対する意識が高く(僕が低すぎたのかもしれません)、興味のある分野なども結構あって驚きました。

 

高1の春、まだ遠足にも行っていない頃に、面談がありました。

まあその面談はほぼ教師と生徒の挨拶みたいなものでしたが、そこで、「大体どんな大学に行きたいか」「大体文系か理系どっちか」を訊かれました。

 

そこで(2回目)僕は、「理系」と答えました。

 

今でもなぜそんな選択をしたのか分かりません。中学の時点で、高校受験の時点で、理数に関する能力が低いのはわかっていたことです。

僕が周りよりできたのは「英語」「歴史」「公民」だけで、それ以外は丸暗記でやり過ごしていました。

 

そして、大体の志望大学。ここで「大阪大学」と書きました。

京大の次に難しいと聞いていたのでなんとなく書きました。このときはまだ、「この学校で普通にやってれば難しい大学に行ける」と思っていたので、なんのためらいもなく書きました。

 

次に志望が変わったのは2学期でしたかね。

高1の夏終わりにある河合模試で、志望校に京大工学部と早稲田大学理工学部を書きました。

身の程知らずは絶頂を迎えます。まあそこまで京大に情熱があったわけでもないんですが・・・ただ、学校の学年1~5位ぐらいは京大阪大に行く学校なので、その時模試で8位ぐらいになって「目指せるかも!」と思ったんでしょうかね。

ちなみにその時の偏差値は国語67、英語68、数学57ぐらいでした。

京大理系どころか国立理系目指してるとは恥ずかしくて言えないレベルですね。

 

3度目の変化。文理選択の時ですね。一月ぐらいでしょうか。

ここで、なんとなく文系に興味を持ち始めます。が、できるだけ人と接したくないという逃げの姿勢と、周りに理系が多いという極めてくだらない理由で理系を選択してしまいました。国語も苦手だし、まあいいか、と思っていました・・・

 

そしてそのまま高2になりました。ここで友達が多くなり、いろいろ影響を受けて変化したからでしょうか、慶應sfcオープンキャンパスに行ったのを機に、文転を決めました。

志望大学は早慶。そして紆余曲折あって、早稲田にしよう、と決心し、3教科に絞った勉強が始まりました。

 

公判へ続く